アニメの作中映像は実写?アニメ?問題!!
最近2015年のアニメ「SIROBAKO」にはまっています!
アマゾンプライムで全話見放題なので、思わず全話見てしまいました!笑
萌や恋愛などに重きを置かず、アニメーターの仕事や生活を中心に描き最高面白い作品です!
その作中で作中キャラクターが映画を見ているシーンがありました!
その際に一つ思った疑問があります。
このアニメの作中の映像は実写?アニメ?
アニメ本編ではこの映像が実写かアニメかとの言及はありませんでした。
3回は見直したのでないと断言できます!!
はたしてこの映像が実写なのか、アニメなのかの判別はこの段階ではできません。
そもそもアニメの作中映画なのだから実写を描こうにもやはり言語としてはアニメだから難しいのでしょう。
ではアニメの作中映画に関してはどういった立ち位置なのでしょう。
考えをめぐらしてみたいと思います。
そもそも分ける必要ある?
この疑問に立ち会った時に、まず出てきたのがこれでした。
「アニメの中の出来事なのだから、全てアニメとして語られて当然。実写と分けて考える必要性があまりない」
といった意見が想像できました。
しかし、僕は必要に応じて分けていくべきだと思います!!
「SIROBAKO」に登場する二つのシーンを比べてみましょう。
宇宙を漂う宇宙飛行士の映画を、上記でもあげた作画監督のキャラクターが見ています。
それぞれのパターンによってこの二つの解釈ができるでしょう。
しかし、アニメーターとして実写より表現を勉強し自らを深めていた方が、キャラクターに厚みが出るようにおもいます。
さらに、後のシーンでは主人公・宮森 あおい達5人のキャラクターが別の映画を見ています。
この映画を見終わった後、彼女たちは作画や声優、CGなどに言及しておりアニメだと分かります。
この5人は高校の頃のアニメーション同好会の仲間で、それぞれの夢に向かい
制作、アニメーター、脚本家、声優、3DCGクリエイターに分かれ別々の方面からアニメに携わっていきます。
つまり、アニメ映画はこの5人の原点なのです!!
実写ではなく「アニメ」映画であることがとても大切なのです!
分けていくことで作品に深みが出てくるものです!!
分けるとしたら、実写映像としてのアプローチはどう演出する?
「SIROBAKO」の例でアニメ映画へのアプローチは非常に良くできているともいます。
そうしたら、逆のバージョンはどうなのでしょう。
アニメの中の実写映像へ、どうアプローチするか?
この悩みを友人に話してみたところ、とてもわかりやすく返答が帰ってきました!
友人「アニメの中の実写はできるでしょう。絵柄や画風を変えればいいんじゃない?例えばアニメの作風よりも劇画タッチにしてみるとか。紅の豚の中で子供向けのアニメーションを見ているシーンが出てくるけども、あれの逆をやれば出来るでしょ」
この発言を聞き雷に打たれたようでした。
紅の豚で確かにアニメーションだと分かる映像で登場人物の言及なしに状況説明ができていました!!
あまりにも自然にストーリーになじんでいたので、まったく違和感を持たず思い出せませんでした。
さすが、ジブリです……
分けられるとして、分けるだけの労力を割く必要ある?
アニメという全て統一クオリティを求められる世界で、労力を割いて実写とアニメを割く必要があるのでしょうか?
そう考えた時に、大切なのは何を見せたいかかなと思います。
紅の豚は作中で子供向けの映画館に足を運ぶことで、意味のない場所と見せかけて旧友との待ち合わせを浮き彫りにさせています。
つまりストーリーや演出として本当に必要な場合に実写やアニメの表現を分けて行けば、がむしゃらに作業量を増やすことなく作品に深みが増すんだろうなと思います。
いろんなアニメを見るときに映像の細かいところまで演出を見ていくことが楽しくなりそうです♪