日本のタクシーの歴史が100年を超えていた!!
普段から街を走るタクシー、片手をあげてタクシーを止めるその光景は、都内はもちろん様々なところで当たり前のように目にするものです。
全ての人に馴染みがあるわけではありませんが、その景色は日本に根付いています。
僕のタクシーに以前から抱えていた疑問がありました。
最近は低燃費の軽自動車ブームですが、タクシーの形状はどこの会社を見ても同じだなーと。
キューブとか、それこそリムジンみたいな、特色をだしたぶっ飛んだ形状の物はどうして出なんだろう。
燃費等を考えて卵型が主流になってきている昨今に、タクシーと言えばあの形!というので意識の定着を図っているのだろうか……
そんなことを考えてwikiを覗いてみたら
その歴史が100年を超えていた!!
始まりは明治45年
明治45年(1912年)に有楽町駅前を中心としたタクシー株式会社が設立され、それが日本の自動車を利用したタクシーの始まりだそうです。
当初は車はT型フォード6台から始まったのでまさにこの写真のとおりとなっていたそうです。
想像以上に古い景色の中からタクシーがあったんだなとわかりますね。
時代のせいだったんですが、今のクラウン仕様ではなくこういったぶっ飛んだタクシーが欲しいですよね!笑
この写真を見ると気になるのは自動車の普及率ですよね。
正直はたしてどれだけ珍しい物だったのかというと……
1)大 正4(1915)年 自動車第1号が登場してから約17年が経過したが,この当時には,なお全国の自動車台数は897台 をかぞえるにすぎなかった。
核心地域は,大都市をかかえる東京・神奈川・京都・兵庫の2府2県であった。宮城・秋田・福島・富山・奈良・鳥取・岡山・香川・愛媛・宮崎・沖縄の11県 は保有度ゼロ,また多くの諸県もゼロに近いほど低く,当時は今だ黎明期の状態であったと思われる。
前述の2府2県は,自動車普及の先進地域と指摘できる。
-「大正・昭和戦前期における自動車の普及過程」より引用-
これを見る限り尋常じゃないくらい珍しかったに違いありません!
正直よく会社の立ち上げに踏み切ったなと関心してしまいます。
一般庶民には程遠い存在どころか、所有車とタクシーの違いなんて全く分からなかったことでしょう。
現在のタクシーの形と次世代型
現在日本のタクシーと言えばトヨタのクラウンでしょう。
最大4名まで乗車可能で、前後ほぼ均等に張り出た、独特のボディフォルムはこれぞタクシーといったところ。
しかし、近いうちにこの景色もなくなってしまうらしいです。理由はトヨタのタクシー用クラウンは2017年4月をもって受注を終了してしまったからです。
トヨタの広報部によると1991年から2016年末まで22万2000台を販売を行っていたらしいです。
タクシーは後部座席の扉を半自動で開閉できたり、長時間乗るため疲れが出にくいシートの採用や座席の間隔を調節など行っているようで、そのタクシー用の車両を大量仕入れで値段を落としていたのなら、他の車メーカーや車種が割って入れない理由も納得いきますね。
この先のタクシーの形ですが、2020年の東京オリンピックに向けて、バンやボックス型の形状になっていくようです。
東京オリンピックに際し外国人観光客が増加するので、体格に合わせて車内の空間を広げる方向に動くそうです。
ベビーカーなどの大型荷物を持つお客様も取り込んでいけるので、いずれは全て入れ替わるのでしょうね。
田舎こそ業界の改革を
現在日本では規制がかかっておりますが、アメリカや欧州では個人がタクシーの仕事ができる配車アプリが人気を博しています。
サンフランシスコではこの配車アプリ「ウーバー」の影響で最大手のイエロー・キャブが倒産に追い込まれてしまいました。
日本にもいずれこの波はやって来るでしょう。
僕個人の意見ですが、地方の人手不足や限界集落となっている地域で限定的に配車アプリの規制を解除してみてはどうだろうと思います。
田舎では車が無いと生きていけないほど公共交通機関が弱い地域があります。バスも利用者が少なく廃線となる場合が見られます。
車が無いと生きていけない、しかし老人に車の運転は難しくなっていくでしょう。今でも免許の返還を促したりしており、車に乗りたくても難しい方々がいるでしょう。車が必要な生活は変わらないので、副業や本格的に仕事生むという方向で配車アプリを使用した新しい交通機関と経済を作ればよいのではないでしょうか。
その前に各自動車メーカーが無人運転が可能な全自動自動車の開発・運用に成功するかもしれません。その場合タクシー業界のみならず車業界全てが一変するでしょう。
何はともあれ歴史あるタクシー業界はこの先めまぐるしく変化していくに違いありませんね。